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zoom RSS 中山道歩き旅(第25回・その1)柏原〜醒井

<<   作成日時 : 2016/05/11 22:55   >>

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ずいぶん間が開いてしまいましたが、今回は4月2日〜3日に行った柏原からの中山道歩きを紹介していきます。
まず1日目は東京6:30発の「のぞみ5号」に乗り、名古屋乗り換え東海道線で柏原駅には9:26に到着
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名古屋からは前回と同じ電車でしたが、春休みと18きっぷ期間とあって新幹線を含め混雑していましたが、向かう途中はどこも桜が見頃で、まさに春本番という良い時期に出かけられました。

柏原宿・後半
まずは前回の続きで、柏原駅の入口から柏原宿の続きを歩いて行きました
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今回歩く後半部が宿場の中心で、少し行くと脇本陣跡・本陣跡があります
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柏原宿の説明版が建てられている問屋役・吉村家は映画監督の吉村公三郎の実家
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そして本陣跡の先、市場橋のたもとが高札場跡で常夜灯も建っています
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昔ながらの町並みが残っている柏原宿には、あちこちに古い看板を見つけることが出来ます。良いですね〜
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市場橋を渡ると柏原特産の艾(もぐさ)を今も扱う「伊吹堂亀屋佐京商店」があります
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ここは中山道六十九次の浮世絵・柏原のモデルになった所で、店には浮世絵にも描かれているここが元祖といわれる福助人形が置かれているのですが、この日は店が休みなのか?開いてなく見ることが出来ませんでした。

その先にあるのが大正時代の建物を利用した「柏原宿歴史館」
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内部には宿場関係の資料や「伊吹堂亀屋佐京商店」の福助人形のレプリカも展示されているということで入館しようと思ったら、ちょうど団体が入っていて受付の人もいなかったのであきらめてしまった・・・
関ケ原の資料館も前回に時間の都合で入れなかったので、今度再訪の機会を作らなければ(^^;

歴史館から少し行くと西の荷蔵跡と柏原銀行跡があります
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荷蔵は当日に継ぎ立てが出来ない荷物を預かる所で、柏原宿には東側にもあったそうです。
柏原銀行は明治後期にここの艾屋が設立した銀行で、当時の柏原の町の大きさを物語るものですね。

荷蔵跡の先には1717年に建てられた薬師道の道標、その先の交差点脇には御茶屋御殿跡があります
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交差点先には「郷宿」と呼ばれる脇本陣と旅籠の中間に当たる宿の建物がありました
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郷宿という呼び名は初めて目にしましたが、公用で旅する身分の高い武士や庄屋が宿泊していたそうです。

ここまで来ると宿場の西端、春の陽射しを受けて猫がのんびりとたむろっていたり(^^;
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丸山橋を渡るとのどかな田園風景になり、その中に復元された柏原一里塚があります
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そして一里塚の少し先が西の見附跡で、ここが柏原宿の京側の入口
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柏原駅から宿場を出るまで1kmはあった感じで、見所もたっぷりな柏原宿でした。

柏原〜醒井
宿場をを出ると街道は松や桜の並木道になり、途中には江戸側と同じく柏原宿の石碑が建っています
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この先、道はカーブを繰り返しながら長沢の集落に入っていきます
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集落の中には不破の関以前にあった関所「小川の関跡」があり、ここで道が分岐しています
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右に行く砂利道が東山道から続く旧中山道の道筋ということで入っていきます。

久しぶりに林の中の土道を歩くと、なんか癒されるな〜
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土道は10分ほどで車道と合流して、梓河内のバス停付近で国道21号に出ますがすぐに離れて梓集落に入っていきます
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梓集落の家並み、ここには東山道時代に宿駅があったそうです
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梓川沿いに進む道筋は桜並木や松並木で、桜は五分咲きぐらい?まで開花が進んでいました
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その先、ホテルリスボンの所で国道21号に合流します
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国道の歩道を名神高速と並行して5分ほど行くと「左中山道」と刻まれた大きな碑があるので、この先の分岐を斜め左方向の旧道に進みます
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旧道に入り、八幡神社の少し先にあるのが一色一里塚跡で、名神高速の築堤下に石碑が建っています
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一里塚跡からしばらく行くと、右側から国道とJR東海道線が近付いて来ました
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菜の花と桜がきれいですね〜
この先には伊吹山も見えるみたいですが、通った時には雲がかかっていまいた。。。

道はこの先下り坂になりますが、昔は「鶯ヶ端」と呼ばれていて京の空が望めると言われたほど眺めが良い所だったそうです。
そして坂を下ると道は見事な枡形道になっていて、その先が醒井宿になります
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醒井宿
醒井宿は湧水が豊富で古くから名水の里として知られ、宿場町も地名の由来になった「居醒の清水」が水源の地蔵川沿いに形成されています。
その清らかな水の流れは今も変わらず風情ある街並みが残り、きれいな水でしか生息出来ない梅花藻やハリヨの姿を求めて多くの観光客も訪れる所です。

先ほどの枡形道を曲がると宿場の江戸側入口で、角には醒井宿の石碑が建っています
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街道沿いには宿場町の雰囲気が残る、良い感じの古い町並みが続いていました
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宿場入口から数分行くとあるのが加茂神社で、ここから宿場を流れる地蔵川となる「居醒の清水」が湧き出しています
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長い歴史を持つ名水で「日本書紀」に大蛇の毒で熱病に侵された日本武尊がこの清水で目を醒ましたことから名付けられました。

この先は地蔵川の流れに沿って宿場が続いていきますが、桜も見頃で風情も満点の雰囲気ですね〜
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本陣跡は川沿いにあり、現在は樋口山という料亭になっています
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本陣跡の先は問屋場跡で、宿場当時の建物を修復して現在は醒井宿資料館として公開されています
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荷物を扱った土間などは当時を語る貴重な遺構です
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問屋場跡の前は明治時代創業のヤマキ醤油で、これも良い雰囲気の建物ですね〜
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ここの地蔵川には、今や醒井宿を象徴する梅花藻も少しだけ花を咲かせていました
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その先、了徳寺の境内には葉の上に銀杏の実がなる「御葉附銀杏」の木があります
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国の天然記念物にも指定されている貴重な木ですが、この時期はまだ新芽が出る前でした。。。

そして街道が地蔵川を渡る手前には、醒井の名水の一つ「十王水」があります
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清水の出口には燈籠があり、道路側には「國道十四號」と刻まれた古い道標も建っていました。

地蔵川を渡ると道が二又に分かれていて、旧中山道は左方向へ行きます
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分岐を右方向に行くとJR醒ヶ井駅に向かいますが、その途中には大正時代に建てられたモダンな旧醒井郵便局の建物があります
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設計は国内で多くの西洋建築を手掛けたヴォーリズの設計で、ここも資料館として公開されています。

その後、醒ヶ井駅の横にある醒井水の駅でお昼にしようと思ったら改装休業中で、近くの食堂で昼食となりました

昼食後は先ほどの分岐に戻り街道に復帰、しばらく行くと「西行水」があります
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ここも醒井の名水の一つで、西行法師が東遊でこの辺りにあった茶店で休憩していたら、
西行に一目惚れした店の娘が残した茶の泡を飲んだところ懐妊してしまったという面白い話が残っています。

そして「西行水」の先が醒井宿の出口になりますが、今回はここまで。。。
中山道歩きも滋賀県に入り終盤を迎えましたが、今回紹介した柏原・醒井ともに素敵な宿場町でこの先も楽しみになりました

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