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zoom RSS 中山道歩き旅(第27回・その1)草津〜大津

<<   作成日時 : 2016/08/06 16:56   >>

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なかなか記事の遅れを詰められずに8月になってしまった・・・

4月24日の歩きで中山道の単独区間を踏破したあとは、このまま中山道歩きとして京都・三条大橋まで歩くことにしましたが、暑くなってからでは何なので、GW連休を挟んでからの5月14日〜15日の週末に中山道歩きとしての最後の歩きに出かけて来ました。

当日は東京から「のぞみ7号」に乗り、名古屋で「こだま697号」に乗り換えて米原へ。
米原からは東海道線の新快速に乗って、草津駅には10時頃に到着
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名古屋からの「こだま」は三島始発だったのですが、ほぼ満席だったのは意外でしたね〜

この日は大津まで歩いて宿泊の予定。
宿は直前ではなかなか取れない場所なので連休前には予約を入れて少しの雨なら決行するつもりでしたが、運が良いことに2日間とも好天に恵まれました〜
前回忘れてしまった帽子と日焼け止めは今回バッチリ持ってきました(^^;

「草津宿」の石碑が建っている草津駅前には宿場名物の「姥が餅」のお店があり、せっかくなので歩き途中のおやつにでもと購入
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前回歩いた旧中山道のアーケード商店街から旧草津川のトンネルを通って、東海道との合流点に向かいました。

草津宿
草津宿は古くから東海道と東山道〜中山道が分岐する宿場として賑わい、江戸時代になると貫目改め所も設けられるなど、交通の要衝としての重要度は更に増し旅籠も72軒を数えるなど全国有数の規模の宿場町に発展しました。
今の草津は京都や大阪への通勤圏の町として都市化が著しい中、本陣の遺構が残っているなど街道で栄えた町の名残りを今も伝えています。

旧草津川のトンネルを抜け、前回紹介した東海道との追分から草津宿が始まります
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中山道としての草津宿はここからですが、左側の東海道沿いにも宿場が続いていてるので、そちらはいつか東海道を歩く時に紹介したいと思います(^^;

宿場に入ったらすぐにあるのが「草津宿本陣」
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草津宿を象徴する建物で、全国でも最も規模が大きい本陣遺構でしょう。

もちろん中も見学、撮影出来ない所も多かったのでちょっとしか写真は撮れませんでしたが、これまでの街道歩きで復元を含めて何ヶ所かの本陣や脇本陣を見学しましたがやっぱここは立派ですね〜
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大福帳(宿帳)には新選組の土方歳三や近藤勇、吉良上野介などの名前もあったり。。。
皇女和宮はこの本陣で昼食を取り、その献立の再現したものが展示してありました。

本陣を出て、ベーカリーカフェになっている脇本陣跡を過ぎて次に向かったのは「草津宿街道交流館」
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ここで大変嬉しいものを発見
この街道交流館の有料スペースを見学すると「中山道踏破証」をもらえるとのこと。
先ほど見学した草津宿本陣で街道交流館との共通入館券を購入していたので、窓口で発行をお願いしました
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踏破証は草津市長さんの名前と、中山道六十九次草津の浮世絵が添えられたもので良い思い出の品となりました
ただ、明日三条大橋まで歩いたら終わっちゃうんだな〜と思うとちょっと寂しい気分になりました

街道交流館の館内には草津宿を中心に街道に関する資料が多く展示されています
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行った時にはちょうど昨年鵜沼宿を通った時に開催していた「NSD(中山道)67総選挙!!」の結果発表と、中山道を彩る名物を紹介した企画展がやっていました
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第1位は奈良井宿でした〜 あとは埼玉県民がんばったなwwという順位ですね(^^;

街道交流館を出るとすでにお昼になってしまったで、近くのお寿司屋さんでランチメニューの「はこずしセット」を食べてから歩きを始めました
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はこずしはハモを押し寿司にしたもので、草津の名物だそうです。

さてさて・・・草津に着いてから2時間過ぎてまだ1kmも歩いていない。。。
大津までは15kmほどの歩きで、今日は日が暮れるまでに着けばいいやというものの、あまりのんびりは出来ない時間になってしまいました。

宿場内を少し行くと、白壁がきれいな造り酒屋「太田酒造」があります
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ここは江戸城を築城したことで有名な太田道灌の末裔とのこと。
宿場時代にはこのあたりに問屋場や貫目改め所が置かれていたそうです。

しばらく行くと県道141号との交差点で、その角にあるのが立木神社
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創建は1200年以上前と言われる古い神社で、広い境内の中に立派な社殿があり、また草津追分にある常夜灯型の道標の以前に建っていたと言われる1680年に造られた石造道標が移設されています。

立木神社では東海道の水口宿から歩いて来た方と一緒になって、しばらく街道歩きの話を。
この方とはこの先何度か顔を合わすことになります(^^;

そして立木神社の先で現草津川に架かる矢倉橋を渡りますが、このあたりが草津宿の京側入口で「黒門」と呼ばれる門があったそうです
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草津〜瀬田の唐橋
草津宿を出ると、静かな住宅街の中を通る旧東海道を歩いていきます。

数分歩いた所に瓢泉堂というひょうたん屋さんがありますが、先ほど草津駅前で買った「姥が餅」を売る茶店は江戸時代にはここにありました
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ここは琵琶湖の矢橋湊に続く矢橋道への分岐点でもあり、道標も建っていました。
歌川広重の東海道五十三次・草津の浮世絵には姥が餅屋と道標が描かれています。
当時の旅人はここで東海道をそのまま行くか?琵琶湖を渡船で渡って大津に出るか?迷ったそうで、乗れれば早いが風待ちなど遅れるリスクがある船より、自分の足なら確実に目的地に進めるということから「急がば回れ」のことわざの由来となった場所です。

この先で旧東海道は国道1号と交差する矢橋南の交差点に出て、正面赤信号先の建物の間の道に入っていきます
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日本橋で逆方向に向かっていった国道1号とここで再会しました。

国道を渡って少し先の道が左に曲がる所がありますが、旧東海道は正面にある上北池公園をそのまま横切って行きます
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このあたりは野路の一里塚があった所で、公園内に標柱が建てられています。

公園の先で県道を横切り、少し行った所にある民家内に平家最後の武将の1人である平清宗の胴塚「清宗塚」があります
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壇ノ浦の戦いで父の平宗盛とともに捕えられたのち、この地で斬首されたと言われています。

静かな街道をしばらく歩いて行くと小さな公園があり「野路 萩の玉川」の案内板がありました
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ここは日本六玉川の一つ「野路の玉川」があった所で、萩の名所として「萩の玉川」とも言われてます。
公園には小さな泉が復元されて、かつての名勝をしのぶ場所になっています。

野路の玉川を過ぎると旧東海道は弁天池の脇を通り、草津市から大津市に入っていきます
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この先住宅地の中を歩いていくと、ちょっと開けた所に東海道立場跡の石碑が建っていました
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標柱後ろの広場は月輪池と呼ばれる池なんですが、水が無かった・・・

立場跡からアップダウンのある道をしばらく歩いたJR瀬田駅に向かう道との交差点脇には、一里塚跡の石碑が建っています
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このあたりから道の先に見える山の向こうは京の都。。。少しずつゴールに近づいていきます
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一里塚跡から10分ちょっと歩いた瀬田小学校先の交差点を左折、さらに数分歩いた所にある分岐を右折と、いずれも電柱にある「旧東海道」表示に従って進んでいきます
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途中にはこのあたりでは少なくなった水田のある風景も
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その先、広い道に突き当たったら左折し、さらに5分ほど歩いた所にある交差点を大津方面に右折するとまもなく瀬田の唐橋です
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瀬田の唐橋
草津宿から2時間あまり、日本三名橋のひとつ「瀬田の唐橋」には15時頃に到着しました
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橋のたもとには常夜灯と山崎茶酔の句碑があります
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この橋は京の防衛上極めて重要な要塞で、数々の戦乱の舞台になり「唐橋を制する者は天下を制する」とまで言われました。

瀬田の唐橋は新幹線からも一瞬見えますが、実際に訪ねて渡るのは初めてです
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瀬田川の河原や橋上では琵琶湖からの風が爽やかで、暑い中歩いて来た汗も引いていきました〜

瀬田の唐橋〜大津
唐橋を渡ると京阪石山坂本線唐橋前駅の踏切を渡っていきます
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この電車を見るといよいよ京都に近くなったな〜というのを実感・・・

この先の鳥居前交差点を右折して国道1号の陸橋をくぐり、再び京阪電車の踏切を渡ると石山駅前に出ます
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鳥居前から石山駅までは草津の立木神社でお会いした東海道歩きの方と一緒に歩きました。
その方はこの日は石山までで帰宅するということで、駅前で少しお話してお別れしました。

石山から大津まではあと5〜6km、あと2時間ほどはかかりそうなので駅前のマクドで一休みしてから歩くことにしました。
旧東海道の道筋は石山駅の構内を横切っていたらしく、駅前の歩道橋を渡って駅の中を通過しJR東海道線の向こう側に出ます
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歩道橋を渡っている時に最近公開された競技かるたの映画「ちはやふる」ラッピングの700形電車が通過w
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石山駅を出ると大きな工場に沿って歩いて行きますが、ここはかつて「粟津の晴嵐」と呼ばれた風光明媚な場所で、旧東海道に植えられていた松並木が少しだけ復元されています
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その先で琵琶湖がちらっと見えたので湖畔まで行ってみた
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やっぱりデカいですよね〜見える橋は近江大橋です。

街道に戻るとすぐに道が左に曲がっていて、角には「膳所城勢多口総門跡」の標柱が建っていました
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ここからは膳所城の城下で、城下町らしく旧東海道は右左折を繰り返す道筋になります。

この先京阪電車の踏切を渡り膳所城の犬走り門を移築した若宮八幡の先を右折、京阪瓦ヶ浜駅の所で再び踏切を渡りその先の突き当りを左折、さらに京阪中ノ庄駅手前の交差点を右折していきます
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街道沿いには「ばったり」と呼ばれる折り畳みの机がある建物も見かけました
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しばらく真っ直ぐな道が続く途中には膳所城の城門を移設した膳所神社があり、その先琵琶湖をチラ見出来る和田神社先のY字路を左折、そして響忍寺前の突き当りを右折したあとすぐのY字路を左折、さらにその先のスーパー前の交差点を斜め方向に横切っていきます
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和田神社には関ケ原合戦で敗れた石田三成が、京都への護送中の休憩の際に繋がれたという大イチョウがあったのですが何となく通過してしまった・・・

そしてこの先の枡形が膳所城の大津側の入口で「膳所城北総門跡」の標柱が建っています
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入り組んだ旧膳所城下を過ぎてしばらく行くと木曽義仲の墓がある「義仲寺」があります
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義仲寺にはこの地を気に入り遺言により葬られた松尾芭蕉の墓もあるので立ち寄るつもりでしたが、着いた時には閉館の17時を既に回っていた・・・
先ほどの和田神社の大イチョウと一緒に、いつか東海道歩きで通る時に立ち寄ろうと思います。

このあたりは旧東海道と並行する湖岸通り沿いにPARCOやイオン、びわ湖ホールやプリンスホテルなどの大型施設が建ち並んでいる所
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この先京阪石場駅近くの踏切を渡ると大津宿まであと少し・・・
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街道沿いに残る古い建物を眺めながら大津の町を歩いていきます
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そして名神大津ICに向かう道との交差点あたりが大津宿の入口になります
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時間は18時少し前、宿泊する宿も近いのでこの日の歩きは終了〜

町の中を歩くことが多かったですが、初夏の日差しをいっぱいに浴びて爽やかな歩きでした。
翌日は大津宿から、いよいよゴールの三条大橋までの中山道歩き最終日になります

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