中山道歩き旅(第12回・その2)坂本~碓氷峠

再開した中山道歩き、前回は横川から碓氷峠の下にある坂本宿までを紹介しました。
そして今回はいよいよ碓氷峠の山道に入っていきます。

坂本~刎石の覗き
坂本宿の京都側の出口、上木戸を過ぎてしばらくは国道18号を歩きます
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以前はドライブイン街だったようで「食堂」の看板を掲げた建物が何軒もありますが、今はどこも店を開けていません。。。
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宿場と同様、道がここの国道18号1本しかなかった頃はさぞ賑わっていたのでしょうね。

近くには「ひとつ脱て うしろに負いぬ 衣かえ」と書かれた芭蕉句碑があります
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何が書いてあるか?読み難くなっていますが(^^;
この句碑はこれから登っていく刎石山にあったものだそうで、明治になり旧中山道が廃道になったため移設されたそうです。

その先国道が右にカーブを切る所を直進して、給水塔の左側に入っていきます
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この日は「安政遠足」の前日ということで、立て看板や道路のペイントがあり分かりやすかったですw
そして給水塔の先の広場にはこんな看板も・・・
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制限時間を過ぎるとここで強制リタイアなんですね、つ~か時間内に着いても自信がなけりゃ登るなって看板も(^^;

旧中山道は少し野道を通り「中山道」の標識を右折、坂を上って行くと再び国道に出ます
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国道の向かい側には東屋がありますが、ここが碓氷峠への山道の入口で峠道の案内板などが立っています。
いよいよ碓氷峠頂上の熊野神社まで距離約7km・高低差約700mの山歩き、ここでトレッキングポールと熊除けの鈴を出し、準備を整え9:25にいざ出発

東屋の奥が山道の入口ですが、いきなり急なつづら折りの登りになります
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木々が生い茂る薄暗い道で、日差しが遮られる分暑さが和らぎますが、それでも汗が落ちてきます。
坂はきついものの、前に登った筑波山は石や木の根が大きくてもっと登り難かったので、それを思うと少しは気持ちに余裕が持てました。

登り始めて約7分で最初の案内板で、ここは堂峰番所跡
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関所破りを見張るための番所があった所で、同心住宅の石垣が残っています。

その後も急坂を登り続けること約20分、柱状節理の壁が見えてきます
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火成岩が冷える時に出来たもので、北海道の層雲峡などが有名ですね。
こんな所なので、道には石がごろごろしていて歩幅にも気を使って登っていきました。

柱状節理の先には石塔がいくつも並んでいます
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先ほど見た坂本の芭蕉句碑もここにあったそうで、こういうのも街道がここに通っていた証拠なんでしょうね。

その先には上り地蔵・下り地蔵の案内板が立っていましたが、結局どこにあるか分からなかった(^^;
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山の中は新緑がきれいで、それだけで山歩きの疲れも癒されます

そして坂を登りきった所で、坂本宿側の視界が開けている「覗き」に到着
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ここは中山道歩きの人達が必ずといってよいほど紹介する場所で、先ほど通過した一直線に伸びた坂本宿から横川・松井田、遠くに見えるのは赤城山?も一望出来ます。
山道の入口から約35分、ここまでの登りが一番ハードというこで、まずはホッと一息。。。
少し休んで景色を堪能しましたが、天気に恵まれてほんとに良かったです

刎石の覗き~栗が原
覗きからは勾配が緩やかになってだいぶ楽になります。

少し歩くと苔むした穴から湿った水蒸気が出ている「風穴」
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そしてその先に「弘法の井戸」と呼ばれる井戸があります
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その昔、弘法大師に教えられて掘られたことから名前が付いたそうですが、今は飲むにはちょっと、という感じ。。。

「弘法の井戸」の水が使われていたであろう刎石茶屋跡がそしてすぐ先にあります
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写真右側、杉の木を挟んだ所には当時の茶屋の石垣が今も残っています。

しばらく歩くと左側に休憩用の東屋が見えてきますが、ここは碓氷坂の関所があった所
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ここから峠の熊野神社まで6.4km、まだまだ峠道は続きます。。。

この先しばらくは新緑が美しい尾根道が続き、楽しい山歩き~
急坂を登ってきた割には脚がそれほど疲れてはおらず、木の葉などがクッションになった野道は脚への負担が少ないことを実感。。。

そして覗きから30分ほどで道が狭く切り取ってある「堀切」に
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ここは秀吉の小田原攻めの時に、当時の松井田城主・大道寺駿河守が北陸・信州軍を道を削って防戦した所です。

この先の切り通しを抜けた絶壁の所にあるのが南向馬頭観音
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さらに回り込んだ先には北向馬頭観音があります
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馬頭観音がある所は道中の注意ヶ所で、ここも道が少し険しくなった所になります。

その先には一里塚の案内板があります
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東山道時代に作られた一里塚だそうで、先に見える小高くなっている所がそうなのかな?

一里塚跡からしばらく行くと「座頭ころがし」の急坂に
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道は岩や石のゴロ道で、滑りやすいのでゆっくりと・・・

坂の途中の広い所には翌日の「安政遠足」に使われる飲料水が既に準備されていました
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そして、その先で何やらエンジン音が聞こえたと思ったら、数台のオフロードバイクがさっき見たポリタンを積んで走って来るではないか
毎年運営の人達が手分けして運んでいるのですね。
ポリタンがあった所から下はバイクはとてもじゃないが無理っぽかったので、あそこが登り最初の給水ポイントかと思います。

そして「覗き」から約1時間で栗が原と呼ばれる広くなった所に到着
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ここから下へは明治天皇御巡幸道が分岐していますが、今は立ち入り禁止になっています。
以前「タモリ俱楽部」で廃道界で有名な人が碓氷峠側からここに来て御巡幸道を探索していましたねw
そしてここは明治の初めに交番の始まり「見回り方屯所」が設けられた所です。

栗が原~碓氷峠
栗が原で峠まで半分ぐらいで、少々休憩ののち後半戦のスタート
ここからまた勾配は緩くなり、林の中の快適な道がしばらく続きます
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そして栗が原から30分ほどで山中茶屋跡に到着
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ここは峠の中間の立場跡で、案内板には茶屋が13軒あり明治になって学校も出来たと記されていました。
今ではこんな山の中に集落があったとは想像も出来ないですが、石垣などの遺構が当時を忍ばせてくれます。

ここから道は再び坂を登り始めます
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ここは山中坂で、別名「飯喰い坂」と呼ばれ、坂本から登って来ると先ほど通った山中茶屋で飯を食べないと登り切れないことから名付けられたそうです。
そんな自分達は飯を食わずに登って来てしまったw
山中坂は道幅が広くクルマが通れるほどで、路肩には擁壁もあり後年まで整備されていたようです。
そう思っていたら道端に元別荘と思われる廃屋が現れ、さらに古~いバスの廃車体が登場
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バスの置いてある所は広場になっていて、近くまで行ってみた
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車体には「千曲自動車」と書かれているので、今の千曲バスの車両です。
ボディはなんと北村製作所製!年代は昭和30年代後半から40年代前半ですかね?
同行の友人もバスヲタなので、良物件の発見にお互い(・∀・)ニヤニヤ♪していましたw
峠道沿いには他にも乗用車の廃車体があったはずですが見当たらず、撤去されたか?気付かなかったのか?

坂はまだまだ続いているけど、その途中に「一つ家跡」なる案内板が
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そこには「ここには老婆がいて、旅人を苦しめたと言われている。」とだけ・・・なんかシュールだ(^^;

その先しばらく歩くと辺りが開けて陣場が原に到着
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ここは武田信玄と上杉謙信が戦ったと言われる古戦場跡です。
ここで道が二又に分かれていて、安政遠足の看板がある右側が旧中山道と思いきや地図を見たら左側の道が旧中山道でした。
右側の道は皇女和宮御降嫁の時に造られた「和宮道」と呼ばれる新道で、碓氷峠の手前で合流します。
時間はちょうど昼、ここで昼食を食べないと峠まで行っちゃいそうなのでお昼にしました

陣場が原から碓氷峠まではもう2kmもありません。
昼食を取って峠までの最終区間に向かいます

しばらくは平坦な道ですが所々に倒木が・・・油断禁物ですね~
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その先、道が細くなった所には「化粧水跡」という案内板がありました
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昔はここの沢の水で姿・形を整えたそうですが、今は水は流れてません。

そのちょっと先には人馬奉行所跡もあります
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ここは文政11年に江戸の呉服商の与兵衛が造った、人馬が休める休憩所があった場所です。
同様の人馬奉行所跡は碓氷峠の次の大きな難所、和田峠にも造られました。

ここには沢があり石伝いに渡っていきますが、その先が熊笹に覆われて道が何処だか判んねぇ(^^;
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この先は「長坂」と呼ばれる急坂になっていて、距離はそんなにないはずなのに堪えました・・・
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峠までの最後の坂なので、無理はせず(出来なかったと言ったほうがw)ゆっくり登ったけど大汗かきました(^^;

そして辺りが開け始め、勾配も緩くなってきた所で先ほど別れた「和宮道」に合流
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合流点には明治維新まで神宮時というお寺があって、その仁王門跡の案内板と石塔群があります
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もうここまで来るともう峠まであとわずか、やがて道が舗装になり名物の力餅の店も見えて来ました
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登山口以来久しぶりの舗装路と、坂本宿以来久しぶりの民家の登場にホッとする気持ちと、終わっちゃったな~という勿体ない気持ちが同居する微妙な感じでした(^^;

そして碓氷峠頂上の熊野神社にとうちゃこ~
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時間は13:00前、登山口から3時間30分で無事登頂です

登る前はほんと不安ばかりでしたが、素晴らしい天気と景色に励まされて中山道最初の難関をクリアすることが出来ました
昨年秋に横川に着いてからが長かったですが、その間に日光街道を歩いたり筑波山に登ったことが繋がっていたと思います。

その後は峠で一休みして、今度は軽井沢宿に向かっての下りになりますが、続きは次回で紹介します~

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