中山道歩き旅(第20回・その2) 馬籠峠~馬籠~落合

今回は5月23~24日に行った中山道歩きの1日目・馬籠峠からを紹介していきます。
妻籠宿の出口から約2時間で標高801mの馬籠峠に到着、ここから道は下りになって馬籠宿に向かっていきます。

馬籠峠~馬籠
馬籠峠を過ぎるとすぐに長野県・岐阜県の県境を越えます
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昨年、2014年の5月の碓氷峠から1年かけて長野県の中山道を走破しました。
長い道のりだったけど、色々な街道風景を楽しむことができた長野県ともお別れです・・・

県道の路肩に県境のプレートを発見
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この先は県道7号の番号はそのままですが、岐阜県の管理に変わるので目印が必要なんでしょうね。
さて、この県境は2005年に長野県山口村が越県合併で岐阜県中津川市に編入した際に出来たもので、この時に木曽十一宿の馬籠宿は岐阜県に属することになりました。
まぁ旧中山道歩きでは、当時の信濃・美濃国境まで木曽路(信州)として歩くのが筋ですね(^^;

県道を少し歩くと右に分岐がありますが、これが旧中山道です
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その先はその名も「峠」の集落で、江戸末期築の古い建物も残っています
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旧道に入ると道の舗装が白い斑のように変わりました。
これが「中山道舗装」と歩きの人の間で呼ばれるもので、中津川市や恵那市の旧中山道の道筋で見られるものでうれしい配慮ですね

その後県道を2度横断して旧県道の橋を渡ると「梨の木坂」と呼ばれる石畳の道になります
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馬籠宿まではあと1km、もうすぐだべ~

このあと再び県道を2度横断した所で階段の道に入っていきます
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ここは「中山道舗装」が県道を横切って施されていました。

陣場坂と呼ばれる石畳や階段の坂道を上っていくと視界が開けて、正面に恵那山が見えて来ました
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この先には馬籠上陣場跡の展望広場があり、恵那山やこれから向かう中津川方面を見ることが出来ます
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ここから見る風景は、これまでの木曽路とは違い開けていて「全て山の中」の終わりを告げるものでした。

そして、この先が木曽十一宿最後の宿場、馬籠宿の入口になります
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妻籠を出てから8kmほどの峠越えの道は当時の雰囲気を感じられる所も多く、人気のスポットで人も多かったですが楽しむことが出来ました

馬籠宿
馬籠宿は木曽十一宿の南の端にあたり、坂道の途中に造られた珍しい形態の宿場です。
島崎藤村の生地で、木曽路は全て山の中~の小説「夜明け前」の舞台ですが、宿場の町並みは明治~大正の大火でほとんど焼失してしまいました・・・
町並みはその後再建されて、今は妻籠宿と並んで人気の観光スポットとして賑わっています。

妻籠宿から馬籠峠を越えて2時間半ほど、復元された高札場跡から馬籠宿が始まります
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高札場跡の先で県道7号を横断、その先から宿場の町並みが続いています
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当時の建物はほとんど失われて観光宿場の感が強い馬籠宿ですが、石畳の坂道の町並みは独特ですね。
宿場に着いたのは、ぼちぼち人も少なくなった15時半頃だったので落ち着いた雰囲気を味わうことが出来ました。

昼食が早めだったこともあって小腹が空いてしまい、休憩ついでに店に入って五平餅を頂くことに(^^;
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前回の歩きの時に妻籠宿で食べた五平餅は小判型でしたが、今回食べたのは団子型でした。

宿場の中ほどに来るとあるのが脇本陣跡で、今は大火の消失を逃れたものなどが展示されている資料館になっています
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そして脇本陣に続いてあるのが馬籠宿の本陣跡
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島崎藤村の生家として有名ですね。
今は「藤村記念館」として藤村に関わる資料や大火を免れた隠居所などが展示されているとのこと。
時間があればどちらかを見学したかったのですが、これから落合宿まで歩くので泣く泣くスルー。。。

おまけに、本陣の向かいにある観光案内所で妻籠~馬籠の旧中山道完歩証明書を買うのを忘れてしまった・・・
こりゃまた歩きに来いってことですなw

その先も土産物屋などが続く坂を下りていくと道が枡形になっています
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この枡形は道路改修で消滅したものを、昭和の終り頃に復元したもので観光パンフによく出て来る風景です。

そして枡形の先で県道を横断するあたりが馬籠宿の出口になります
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このあたりはバス乗り場や観光バスの駐車場、大きな土産物屋があって人も多く、今の馬籠宿の中心となっています。
馬籠宿は現在岐阜県に属しているので、岐阜(美濃路)の中山道の案内にも出てくるけど、やっぱりここまでは「木曽路」というのがしっくり来ますね(^^;

馬籠~落合
馬籠宿出口の賑わいのあるエリアを過ぎると、すぐに田園風景のなかの静かな田舎道になりました
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時間は16時を回った所、次の落合宿までは5kmあまりなので1時間半ぐらいで行けるかな?
今は日が長い時期なので暗くなる前には着けそうです。

数分歩くと丸山坂という上り坂になり、その途中に馬籠城跡の案内板があります
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馬籠城は武田氏や木曽氏が治めていましたが、小牧長久手の戦いの際に家康方の大軍に攻められそうになった所、守っていた島崎重路(島崎藤村の祖先)が撤退して妻籠城に逃れ、そのまま廃城になったそうです。

その後も双体道祖神があったり、のどかな道を歩いていきます
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馬籠宿を出て30分ほどで見晴らしの良い所に出てきました。
辺りは公園になっていて正岡子規の大きな句碑が建っています
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公園からはこれから歩いていく落合宿から中津川の町が一望出来ます
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特に夕焼けがきれいで、越県合併前に「信州サンセット百選」にも選ばれた場所ですが、時間がまだ早く夕焼けとはいきませんでした。
ただ、田植え直後の田んぼを手前にして、この時期らしい画は収められたかな?

ここは以前クルマで通ったことがあって、その時はちょうど夕焼けの時間でした。
その時の写真を上げておきますが、歩きで来てここで夕焼けを見たら途中で日が暮れちゃいますね(^^;
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公園から坂を下っていくと数軒の家がある新茶屋集落に入ります
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ここはかつての信濃と美濃の国境で、まずは「送られつ 送りつ果ては 木曽の穐(あき)」と刻まれた芭蕉句碑があります
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そしてすぐ先に木曽路の終わりを告げる「是より北 木曽路」の石碑が建っています
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昨年の7月末に「是より南 木曽路」の石碑から木曽路に入ってから冬場を挟み10ヶ月あまり、十一宿場・二十二里余りの木曽路中山道の歩きを終えました。

「是より北」碑の先には両塚が現存している新茶屋一里塚があって、右側の塚の所には信濃・美濃国境の碑も建っています
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ここから今須宿先の美濃・近江国境まで続く美濃路に入っていきます。
越県合併前はここが長野県・岐阜県の県境で区切りが良かったのですが、今は木曽路(信濃路)が終わる前に馬籠峠で岐阜県に入ることになります。

新茶屋一里塚を過ぎてすぐに、落合宿の案内に従い右に分かれる石畳の道に入っていきます
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ここからが有名な「落合の石畳」と思いきや、この石畳は越県合併を記念して整備されたもので、この先の舗装路を越えてからが史跡にも指定されている石畳道になります
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「落合の石畳」は十曲峠の難所の坂道に造られた石畳で、当時の石畳が70mほど残っていたものを繋ぎ合わせて840mに及ぶ長さまで復元したものです
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鬱蒼とした木々の中の石畳道は、昔の中山道の雰囲気を存分に味わうことが出来ました。
ただ勾配はかなり急で、他の石畳道と同様滑りやすいので特に下りはゆっくりと・・・

石畳道を出ると落合宿ももうすぐ・・・
春は境内のしだれ桜がきれいと言われる医王寺を過ぎると、先ほどの石畳よりも急な坂を下っていきます。

坂の途中からは落合宿周辺の町並みも見えました
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急坂を下りると落合川に架かる下桁橋を渡ります
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上にチラッと見える赤い橋桁は中央道です。

下桁橋を渡った所には飯田道との追分の道標・馬頭観音などの石塔石仏群があります
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かなり古いものみたいで文字も読み取り難くなっていました。

その先で道が県道7号を横切る所に落合宿高札場跡の標柱が建っていて、中山道は美濃路最初の宿場・落合宿に入っていきます
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落合宿
落合宿は信濃から美濃の国に入って最初の宿場で、旅籠14軒ほどの小さな宿場町だったそうです。
今も静かな町並みには本陣の建物が現存していたり、昔の街道筋の雰囲気は感じられます。

高札場跡から県道を渡って宿場に入ると道は枡形になっています
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枡形を過ぎた角には常夜灯があり、その先に町並みが続いています
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この常夜灯は寛政4年(1792)に宿場内に4基設置されましたが、3基は他所に移されてこの1基のみ道路中央から路肩に移動されて残っています。

静かな宿場内を5分ほど歩くと本陣跡がありました
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立派な本陣門は文化元年(1804)に大火の後に、加賀の前田家から贈られたものだそうです。
公開はされていませんが、皇女和宮や明治天皇が御小休した上段の間なども現存しているとのことです。

本陣跡の先には「落合宿 助け合い大釜」と呼ばれる巨大な釜が
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この釜は寒天の原料天草を煮る時に使用されていたもので、今は落合宿の祭りできのこ汁を作って振舞っているそうです。

その先の善昌寺の前で道は左折していますが、ここが宿場の出口の枡形になっていました
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ちゃんと「中山道舗装」も左に曲がっていますね。
道にせり出している松は「門冠の松」と呼ばれる樹齢450年の古木で、ぶつかる車も多いのか?道に突き出た幹には保護板が付けられています。

落合宿を見た所で時間は17時半頃、ここで1日目の歩きは終了です。
その後は前回4月の歩きの時にも泊まった、近くの(といっても歩いて20分ぐらい掛かりましたがw)YHに向かいました。

この日の歩きは13kmほど、木曽路(長野県)から美濃路(岐阜県)へとステージが変わる区切りの回となりました。
次回は2日目の落合宿から先を紹介していきます

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