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zoom RSS 中山道歩き旅(第26回・その2)武佐〜守山〜草津

<<   作成日時 : 2016/06/26 21:54   >>

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今回も4月23日〜24日に出かけた中山道歩きの2日目、武佐宿から中山道単独区間の終点草津宿までを紹介していきます。

この日は20kmを超える歩きになるので近江八幡の宿を6:30前には出発。
前日夕方から降り出した雨は上がり、うっすらと日も差して来ました。

駅前のマクドで朝食を取り、7:01発の近江鉄道の電車に1駅乗って武佐駅に
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武佐駅の駅名板には「中山道」の文字が書かれていますが、駅を降りるとそのまま旧中山道に出ます(^^;

武佐〜鏡の宿
武佐宿の出口になる武佐駅から、まずは次の守山宿に向け歩きを開始。

駅を出ると道はすぐに左に折れて踏切を渡り、2〜3分行くと右側に大きな楠が立っている公園があります
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ここは四国の別子銅山の公害問題に尽力した明治の実業家・伊庭貞剛の生誕地とのこと。

この先しばらく行った西宿町の信号で国道8号に合流し、さらに10分ほど歩き六枚橋の信号を左折
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途中には昔ながらのドライブイン食堂や、近江牛の本場らしく牛肉の卸売店も
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六枚橋の信号を左折すると道はすぐクランク状に右折して5〜6分で再び国道に合流しますが、その途中の公園には「住蓮坊首洗い池」と呼ばれる小さな池があります
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住蓮坊は浄土宗の開祖「法然」の弟子で、宗派対立に巻き込まれこの地で処刑されて首が洗われたことから名付けられたとのこと。

国道に合流して10分ほどの馬渕町の信号で、右方向に分かれる旧道に入っていきます
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信号前にある八幡社の前はかつての高札場で、高札場跡の標柱もありました。

旧道は旧街道の雰囲気がある道で、途中には茅葺きの家も
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しばらく歩いていくと、見晴らしの良い田んぼの中の道になり、右手に新幹線の線路が見えたので、休憩ついでに通過を待って走り抜けていく700系を撮りました(^^;
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もうちょっと後だったら、田んぼに水が張られてもっと良い感じなんでしょうね〜

その先は日野川の土手に向かっていき、土手に出ると中山道の案内板のある広場に
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ここはかつての渡し場の跡で、旧中山道は普段は渡し船で水量の少ない時は船を繋いだ船橋で渡っていたとのことです。

ここには橋が架かっていないので、土手を上流側に少し歩き国道8号の横関橋を渡り、入口に鎖がかかっている対岸の土手道に入ります
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若宮神社のあたりで旧中山道の道筋に復帰し集落を歩いていくと、国道477号と交差する西横関の信号で再び国道に合流します
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交差点の角には「是よりいせみち」と刻まれた道標が建っていました。

ここも国道を歩くのは5分ほどで、日本ペイントの看板がある建物の所で左の旧道に入ります
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そして旧道に入ると東山道時代の宿駅だった鏡の宿に入っていきます。

鏡の宿
鏡の宿は平安末期ぐらいから宿駅として賑わっていたそうですが、江戸時代に中山道が整備された時に宿場に指定されませんでしたが、武佐〜守山の距離が長かったので間の宿として存続しました。
ここには本陣や脇本陣跡も置かれ、宿場の機能を持っていたようです。

今はほとんどが国道8号の道筋で当時の面影は無いですが、本陣跡を始め宿場の施設があった所には案内板が建てられていました
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また源義経が元服を行った地として、義経が宿泊した旅籠白木屋跡・元服の参拝をした鏡神社・元服の池などの史跡もあります
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この鏡の宿には「道の駅 竜王かがみの里」があるので記念きっぷを買ったり、途中のコンビニで調達しておいたおにぎりを食べたりして休憩〜
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鏡の宿〜守山
道の駅を出ると鏡の宿の出口で、すぐに国道から左側に分かれる旧道に入ります
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その後、国道と合流して東池の脇を通り、浄勝寺前の信号を斜め右方向に分岐
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再び国道と合流したあと、今度は西池の脇を通って小堤バス停の所で右方向に分岐します
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その先で家棟川の橋を渡りますが、この川は元々は天井川で10年ほど前に川底を掘り下げる工事が行われて橋が架けられたとのこと
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それまでは石積みのトンネルで川をくぐっていて、当時の写真が篠原神社の入口の所の案内板にありましたが風景がまるっきり変わっていてビックリ・・・

この先、子安地蔵堂を過ぎると新幹線の線路脇を少し歩きます
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左側は桜生史跡公園で、園内には甲山古墳など3つの古墳があるとのこと。

その先は徐々に住宅地の中の道に変わり野洲の町に入っていきますが、茅葺き屋根が目を引く曙酒造など街道沿いには古い建物も残っています
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曙酒造の先で新幹線の高架をくぐるとすぐに左折して野洲駅に行く道を横断、さらに10分ほど行くと朝鮮人街道との追分になります
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前回の歩きで紹介した鳥居本宿で分かれた朝鮮人街道とここで合流します。

この先の行畑交差点の角には、鎌倉時代からこの地にあるといわれる「背くらべ地蔵」があります
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親が「子供の背丈がここの低い方の地蔵ぐらいになれば一人前」と背比べさせたことから呼ばれるようになったそうです。

その少し先にある蓮照寺には、先ほどの朝鮮人街道との追分にあった道標などが保存されています
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この先、造り酒屋の宇野勝酒造を始め古い町並みが残る街道を通って行くと、東海道線のガードをくぐります
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ガードの先をしばらく行くと野洲川に架かる野洲川橋を渡ります
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橋の途中からは「近江富士」の呼び名のほうが有名?な、三上山をきれいに見ることが出来ます。

野洲川橋を渡ると守山市に入り、吉身三丁目の信号で県道11号と交差します
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ここからが守山宿の加宿、吉身の加宿で宿場の実質な入口になります。

守山宿
江戸から数えて67番目、中山道単独としては最後の宿場になる守山宿は「京立ち守山泊り」と言われ、京から東に向かう旅人には最初の宿泊地として大いに賑わったそうです。
加宿を含めると2km近くの宿場町には、都市化が進む中にも街道の雰囲気が結構残っています。

武佐宿からの約16kmを5時間ちょっと掛けて歩き、守山宿に入りました。

吉身の加宿に入ると道幅が昔のまま?の狭さになって、ベンガラを塗った家も多く街道情緒のある道になります
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吉身小学校南の信号を過ぎた所には、中仙道の標柱と高札場跡の案内板がありました。

この先の吉身西交差点あたりからが守山宿の本宿で、少し先には東海道石部宿に分岐する石部道への道標があります
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石部道の分岐からは道幅が広くなり、左側に黒壁の立派な建物は「元宇野本家酒造」
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ここは宇野宗佑元首相の実家で、今は守山市が管理しています。

その少し先には「本陣跡」の標柱と案内板が建っていて、すぐ先に「中山道街道文化交流館」があります
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ここで食事処など周辺の案内を入手しようと入ったら、中の人にお茶を出して頂いて街道歩きの話などしながら30分ぐらい休むことに(^^;
話がはずんで2階の展示を見るのをすっかり忘れてしまった・・・

交流館を出てすぐ先の三叉路に「右 中山道美濃路 左 錦織寺〜」と刻まれた石造道標があり、その先には東門寺があります
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東門寺は比叡山延暦寺の鬼門を守るために建立され「比叡山を守る寺」から「守山」の地名の由来になった所です。

東門寺の隣りは旧旅籠の食事処かたた屋、その先守山銀座西交差点を過ぎると「どばし」と書かれた小さな橋を渡りますが、ここからは加宿の今宿町になります
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もう13時を過ぎて食事処かたた屋で昼食でもと、中をのぞいたら結構混雑していてパスしてしまった・・・

そして「どばし」から数分、守山宿の出口にあるのが「今宿一里塚」
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南側の塚が現存していますが、この一里塚は他の街道も含めて滋賀県内唯一の現存一里塚です。
滋賀県は東海道・中山道の二大幹線を始めとして多くの街道が通っているのに、現存の一里塚が1ケ所だけとはビックリ・・・

守山〜草津
守山宿を出るとついに中山道単独区間の最後の1区間・・・次は東海道と合流する草津宿まで残り5kmあまりの歩きになります。
休憩をまめに取ったので脚の疲れは距離の割には少なかったけど、天気が思いのほか良かったので日焼けが進行してヒリヒリするのと、とにかく腹が減った(^^;

今宿一里塚から住宅地の中を淡々と20分ほど歩くと栗東市に入りました
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栗東といえばJRAのトレセンがある所、というイメージが強いんですよね(^^;
25年ほど前にJR東海道線の栗東駅が設置されてからは急激に都市化が進んでいる町です。

市境から5分ほど歩いた大宝神社前の公園には「へそむらの まだ麦青し 春のくれ」と詠まれた芭蕉句碑があります
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芭蕉の句の通り、このあたりの地名は「綣(へそ)」といいます
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ここまで来れば草津の市街地まで2kmちょいなんですが、ここでついに空腹に耐えきれず栗東駅西口の交差点からJR栗東駅前の平和堂に向かい、フードコードのうどん屋でお昼にしちゃいました(^^;

昼食後、街道に復帰して10分ちょっと歩くといよいよ草津市に入り、中山道としての歩きも残りあとわずかに。。。
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左側からは東海道線の線路が近づいて来て葉山川橋を渡りますが、この先の旧中山道は線路で分断されているので少し先にある歩道のトンネルで線路の反対側に出て、線路脇の道を歩いていきます
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ここで地図を見誤って橋を渡ってすぐのアンダーパスで線路の反対側に出てしまったが、草津宿側からの案内板を見るとそのルートが案内されている・・・
まぁ道筋が消えてしまっているのでどっちでも良いということでしょう(^^;

しばらく歩いて草津駅構内をまたぐ県道2号の陸橋をくぐると伊砂砂神社があります
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この先は都市化が著しい草津の市街地になり、高層マンションを見上げながらの街道歩きに。。。
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この日はちょうど「宿場まつり」が開催されていて、人通りも多く賑やかになってきました。

そして草津駅前通りとの交差点からは「きたなか」と書かれたアーケードの商店街になります
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アーケードは「宿場まつり」のメイン会場のようで、出店も出ていてさらに多くの人で賑わっていました。

出店に心を動かされながら(^^;人並の中を歩いていくと、天井川だった旧草津川をくぐるトンネルに出ます(写真はその次に歩いた時のもので・・・)
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浸水被害を繰り返していた旧草津川は流路変更されて廃河川になりました。
トンネルが出来る前の旧中山道は堤防に上がって草津川を越えていたので、川に上がろうとしたら跡地はちょうど公園にするための工事が行われていて入れなかった・・・

そしてトンネルを出た所で左側から旧東海道が合流し、角には1816年に建立された中山道と東海道との追分道標が建っていて、この東海道との追分が中山道の単独区間としての終着点になります
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ここでついに中山道単独区間の全線踏破となりました

2013年の元旦に日本橋から歩き初めてから約508kmの道のりを歩き切り、最後は「宿場まつり」で賑わう草津の町を歩いてのゴールでした。
ただ中山道の終点はやっぱり京都三条大橋ここからは東海道との重複区間になりますが、京都まで行って正式なゴールにしたいと思います 

この日の歩きはこの草津追分までで、その後は草津駅から京都に出て新幹線で帰りました
次回の歩きでいよいよ京都・三条大橋に到達です

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