tecoteco旅日記

アクセスカウンタ

zoom RSS 中山道歩き旅(第27回・その2)大津〜三条大橋

<<   作成日時 : 2016/08/11 17:37   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

2013年にスタートした中山道歩きも最後の1日を迎えることになりました。

この日も朝から快晴で、宿泊したホテルの窓からは琵琶湖もくっきりと見えて、気温は高くなると思いますが絶好のウォーキング日和になりそうです
画像

宿で朝食を取ってから8時少し前にチェックアウト。
ラストの大津から京都三条大橋までの10kmちょっと、楽しんで行こうと思います

大津宿
大津宿は中山道の六十九番目、東海道の五十三番目の宿場で、敦賀に向かう北国街道が分岐するほか琵琶湖水運の拠点でもあり物資や人が多く集まる町でした。
宿場の規模は中山道のみならず東海道の中でも最大規模で、その長さは5km以上もあったそうです。
明治以降は滋賀県の県庁所在地として県庁を始め行政機関が集まる町になりましたが、街道沿いには古い町並みも残っている所です。

宿から前日の終了地点の大津宿の入口に行き、三条大橋に向かってスタート
画像

宿場当時と同じと思われる道幅の街道が真っ直ぐに続いていました。

しばらく歩くと左手に滋賀県庁が見えて来ます
画像

なかなか風格のある建物ですね、官公庁の多い大津の中心部は日曜の朝とあって閑散としていました。

この先、JR大津駅へと続く中央大通りと交差すると古い建物もより多くなって宿場町らしい雰囲気も濃くなっていきます
画像

京都に近いことから、屋根に鍾馗様のある建物もありました。

そして古い町並みが続く一角には、明治24年に来日したロシア皇太子を警備の巡査が斬りつけるという「大津事件」があった場所を示す石碑が建っています
画像

この事件では政府と司法が対立したことで、今に続く三権分立の原則が確立する足がかりになったと言われています。

古い町並みが残る街道沿いにもビルやマンションが建っていますが、そんな中に街道に面した所を長屋門風にしているマンションがありました
画像

町並みがみんなコレになっちゃったらアレですが、なかなか良いアイデアですね。

江戸側入口からほぼ真っ直ぐ進んだ旧東海道は、国道161号との京町1丁目交差点で左折
画像

ここは札の辻と呼ばれ高札場があった所で、直進方向に北国街道が分岐しています。

国道に出ると道の中央には京阪京津線の線路が通っていて、わずか30分ぐらいで地下鉄〜登山電車〜路面電車を味わえる「劇場路線」の主役800系電車がやって来ました
画像

京津線は以前ここで記事にした時に「タモリ倶楽部」で紹介して欲しいな〜と書いていましたが、なんと今回出かける前の5/6深夜の放送で現実となりました
鉄道好きにはたまらない路線ですから、いつかはと思ってはいたけどwタモリさんはじめ出演者の盛り上がりは凄かったです(^^;

京津線はこの先数分の上栄町手前で急カーブを切って専用軌道に入っていきます
画像

そのすぐ先にあるのが大津宿本陣跡で、明治天皇聖跡碑と案内板が建っていました
画像

本陣跡を過ぎるとこの先の逢坂山に向かって結構な坂を上がっていきます
画像

JR東海道線の逢坂山トンネル手前を陸橋で越え、京津線の踏切を過ぎると左手から国道1号が合流して来ます
画像

国道と合流した先は京津線と国道に挟まれた歩道をしばらく歩き、名神高速の高い橋をくぐると道の反対側には関蝉丸神社の上社が見えて来ます
画像

蝉丸と聞くと百人一首を思い出しますが「これやこの 行くも帰るも 別れては 知るも知らぬも 逢坂の関」と、この地を詠んだ句なんですね。

その百人一首に詠まれる「逢坂の関」の跡は、坂道を上り切った国道と旧東海道が分岐する所にあり、石碑と常夜灯が建てられています
画像

逢坂関は2月の中山道歩きで通った不破関、そして鈴鹿関とともに古代の日本三関所のひとつで京の入口の要であり、近江国と山城国との国境でもありました。

逢坂関からしばらくは旧街道の雰囲気がある道で、途中にある「かねよ」という有名なうなぎ屋さんのお店の前には何と「うなぎ注意」の標識がw
画像

お店からはうなぎを焼く香ばしい匂いが漂って来ましたが、開店まで1時間半もあるので今回はあきらめ〜でした・・・

この旧道沿いは走井茶屋と呼ばれる立場があった所で、名物の「走井餅」という餅が売られていた茶屋跡の碑が京阪大谷駅の隣りにありました
画像


大谷駅の先で旧東海道は京津線を横切りますが、踏切に行くと歩道がないので歩道橋を渡って国道1号の歩道を歩いていきます
画像

国道1号を15分ちょっと、名神高速の陸橋をくぐりすぐ先の大津市追分町で県道35号方向に左折
画像

このあたりが大津宿の出口だったと言われ、また旧東海道は県府境になっている所があって写真のあたりの道の右側が滋賀県、左側が京都府になっています
画像


大津〜三条大橋
大津宿を出ると伏見から大阪に向かう京街道が分岐する髭茶屋追分があります
画像

追分には「みきハ京ミち」「ひたりハふしミみち」と刻まれている道標がありますが、車が突っ込んだりしたのか?隣にある蓮如上人道標とともに損傷していたのが残念・・・
追分を左に分岐するのが京街道で、この先大阪高麗橋までを東海道として「東海道五十七次」と呼ぶのも定着しつつあります。
自分も東海道を歩く時は五十七次で大阪まで行こうかな〜

追分を過ぎると太鼓櫓を乗せた門がある閑栖寺や、昔ながらの町家を眺めながら坂を下っていきます
画像

この先の旧東海道は国道1号で分断されているので、案内に従って歩道橋を渡り国道反対側の旧道(旧三条通り)に復帰します
画像

旧三条通りに入るとすぐに「三井寺観音道」と刻まれた大きな道標が建っています
画像

この道は三井寺への近道で「小関越え」と呼ばれ、東海道の裏道として先ほど通ってきた大津宿の札の辻に通じています。
この「小関越え」もいつか東海道を歩く時に通ってみたいと思っています。

そして小関越えの分岐を過ぎて小さな川?を渡る所に「京都市」の標識が
画像

中山道歩き最後の県府境を越えてついに京都府に入りました

県府境から15分ほどでJR東海道線・京阪京津線・京都市営地下鉄東西線の山科駅前へ
画像

時間は11時ぐらいでしたが、駅にあったそば屋で早めのお昼にしました。

京都市内西側の拠点・山科で一休みして街道に復帰、300年以上前に建てられた「五条別れ道標」を過ぎてJR東海道線のガードの手前で三条通りに合流します
画像

ここから三条大橋まではあと一里、ゴールまであと一歩のところまで来ました。

JR東海道線のガードをくぐるとすぐに入口に冠木門がある遊歩道がありますが、ここは元京阪京津線の線路跡で旧東海道は天智天皇陵のバス停先で左に分かれる細い道を入って行きます
画像

以前は標識がなく迷う人も多かったそうですが、自分が行った時には案内板が設置されていました。

この先は京都に向かう最後の峠越え・日ノ岡峠の坂道になります
画像

昔から変わらないであろう道幅の静かな峠道で、江戸から東海道や中山道を歩いて来ると最後の旧街道らしい道になります。

日ノ岡峠の旧道はやがて三条通りに合流しますが、その先の広場にはかつて大津〜京都間を行き来する牛車の通行を助けた「車石」のモニュメントがあります
画像

記念碑にも刻まれていますが、ここから九条山〜蹴上までは1997年まで走っていた京阪京津線の線路跡を歩いていきます
画像

道路脇にある蹴上の浄水場はツツジの名所なんですが、5月も半ばを過ぎてツツジの花の時期は終わっていました。。。

地下鉄蹴上駅まで来ると一気に観光客が増え、右側には蹴上のインクラインが見えて来ます
画像

インクラインはケーブルカーの貨物版みたいなもので、蹴上のインクラインは琵琶湖疎水の水運で高低差のある区間を台車に船を載せて昇降させていました。
レンガ積みのトンネルを通ってインクラインに上ると、鉄道よりも幅の広いレールが敷かれていました。
ここは以前「ブラタモリ」でも紹介されていて、タモリさんが犬釘を見つけて喜んでいましたね(^^;

ここで少し時間があったので、プチ修学旅行気分で南禅寺まで行って来ました
画像

街道に戻って蹴上の交差点のカーブを過ぎると、あとはゴールの三条大橋まで真っ直ぐに向かっていきます
画像

蹴上交差点脇には日本初の事業用水力発電所でもあるレンガ造りの蹴上水力発電所があります。

蹴上からの道筋は京都に遊びに行った時にはよく歩いた道ですが、今回は中山道を歩き続けて来たことでやっぱ感じが違いますね。

三条通り沿いに連なる町家や平安神宮の大鳥居を眺めながら歩いていくと、白川を渡る白川橋を渡ります
画像

画像

白川橋のたもとには京都最古の道標で、江戸初期の1678年建立の「三条白川橋道標」が建っています。

東大路通りと交差する東山三条交差点を過ぎ、三条京阪前まで来るとゴールの三条大橋が見えてきました。
画像


そしてついに中山道540kmあまりを踏破し、京都・三条大橋にとうちゃこ
中山道と東海道の終着点である三条大橋は、鴨川の流れとともに京都を代表する風景のひとつになっています。
京都の町の中心部にある橋として数々の歴史の舞台に登場し、豊臣秀次・石田三成・近藤勇を始め多くの人物がこの場所で見せしめとして晒し首になっています。

江戸・日本橋から中山道を歩き、ついにゴールの三条大橋が見える所まで来ました。
橋の手前、京阪三条駅前の歩道脇には現在の群馬県出身で江戸後期の尊王思想家、高山彦九郎像があります
画像

彦九郎は上洛の際に三条大橋のたもとで御所に向かい必ず拝礼していたことから、このようなひれ伏している像が建てられたということです。
実はですね〜この像の前はこれまで何回どころか10回以上は通っているはずなのに全く意識していなかった・・・
人目を気にしなければ、この私が像に向かって土下座したい所であります

川端通りとの信号を渡り、まずは三条大橋を東から眺めてから橋を渡って行きました
画像

画像

そして初夏の鴨川の爽やかな川風を感じながら橋を渡り終え、西側のたもとにある弥次喜多像をこの旅のゴールとしました
画像

2016年5月15日 13時40分、京都三条大橋に到着し3年5ヶ月の中山道歩き旅は終わりました。

三条大橋に到着後は近くにあったコメダで一休み(橋の脇にあった川床付きのスタバも魅力ではありましたが、かなり待ちそうだった・・・)してから京都駅に向かいました。
帰りの新幹線は事前に「こだまIC楽得」でグリーン車を確保して、一人打ち上げをやりながらのんびりと

そして東京駅に到着後に向かったのは五街道の起点・日本橋
画像

全てはここから始まったんだな〜
スタート地点に立ってみて、三条大橋に到着した時に増して達成感が沸いて来ました。
実はここに来るヒントは新幹線の車中で友人からSNSで届いた日本橋の画像で、ゴールした足でスタート地点に来れたことに感謝しています

というわけで、日光街道に続き中山道を全線踏破したわけですが、最初はほんとに京都まで行けるかな〜と半信半疑でしたね。
ある程度の見通しが立ったのは、一番の難所・和田峠を越えて下諏訪まで行けた頃だったと思います。

道中では歩きではないと気付かない風景や、土地の人や同じ街道歩きの人など多くの人から声を掛けられたことが大きな収穫になりました
ただ各地にある資料館などは時間の関係で見れなかった所も多く、機会があったら番外編として訪ねてみたいな〜

街道歩きの次は、奥州街道と甲州街道を歩くつもりで街道地図などを準備していて、涼しくなる秋口から再会したいと思っています

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
中山道歩き旅(第27回・その2)大津〜三条大橋 tecoteco旅日記/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる